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森喜朗会長発言をきっかけに考えたことを少々

今週も『中国法務の扉』へのご訪問、ありがとうございます。名古屋の弁護士岡部真記です。中国はもうすぐ春節(旧正月)ですね。私も中国から持ち帰った真っ赤な「福」の字を玄関に逆さまに飾りました!!

 

今週は、東京オリンピック(五輪)・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長の発言が物議を醸していましたね…。

 

実は、このコラム、森氏発言を受け、『女性と仕事』のテーマで金曜日に書き始めたのですが、今新たに書き直しております。書きたいことがたくさんあるのですぐかけると思ったのですが、自分がそのように考える背景となった出来事をすべて説明するのは難しく(私の半生を語るようなものに!)、男性、女性、いずれにも属さない方、女性でも仕事の有無、結婚や子どもの有無・・・など読む人それぞれの立場を想像して読み返すと表現が適切か気になったり、全然伝わっていない気がしたり…書くのが思っていた以上に難しい<難テーマ>でした。

そんなわけで、全く違ったテーマでやり直そうとも思ったのですが、せっかく普段なんとなくやり過ごしているこの「女性」や「仕事」について振り返りをしたので、誤解を恐れず、少しだけ書いてみることにします。

 

1.女性は損か

 私も弁護士14年目になり、大学生やロースクール生、若手弁護士などから働き方について質問されたり、仕事や家庭についての考え方を問われたりすることも増えてきました。そんな中で、時々出会うのが「女性って(すごく)損じゃないですか?」という質問です。私はこの質問をされたら、電光石火、ものすごい速さで否定しています。そして逆に質問します。

 

「女性はなぜ損だと思うのか?」

 

----大抵の人はうまく答えられません。具体的な差別経験を語る人はほとんど見たことがありません。

 

それでも彼女たちはなぜか、働き始めると、学生時代までには体験したことのないような<女性であることで大変な不利益を受ける世界>が待っていると確信をもっているのです。仕事と家庭に疲れた母を見てきたのか?先輩に会社や法律事務所なんてそういうものだと教えられたのか…?まだほとんど経験してもいないことを「損している」と「実感」してしまうレベルで不安を抱いている若い人が相当数いるようなのです(森氏発言で彼女たち、益々不安になったことでしょう…)。

 

 問題のある職場環境の会社等も実際あり、「そんな会社は変えていかなければならない」というテーマはもちろんありますが、個人のメンタルの状態として、「女性は損」がスタートというのは本当によくありません。これがスタートでは、何の解決にもならないというだけでなく、「女性であること」を理由に自分で自分を慰めてしまい、成長するエネルギーを作り出せなくなってしまうと思うからです。「損だな」と思いながら社会人をスタートするのではなく、むしろ「得だ」と思って、自分のストッパーを外し、前向きにスタートしてほしい。私は彼女たちの不安や思い込みを蹴散らそうと、一生懸命、とにかく欲張ってきた自分のこれまでを語るようにしているのですが…。参考になっているのか全くなっていないのか…は分かりません。

 

 

2.~私は性別ゆえに不当な取り扱いを受けたのか?~ 分析と対応の難しさ

 女性アナウンサーの方が、差別的な発言を容認するような空気をつくっていたかもしれないという反省のコメントを述べたという報道がありました。この「容認しない」という態度を日常のコミュニケーションで明確にするということは、大変難しいことですよね。

 

 私は、ダイレクトに「あなたは女性だから●●すべき」などと言われたことがありませんが、ある言葉が引っ掛かり、時間が経ってから「自分が引っ掛かっていたのは、差別的な感情が背景にあると感じたからだな」と思ったことは何度かあります。差別的な発言は、発言者にとっては心からの(善意の)アドバイスとしてなされている場合もあるし、優しい言葉で包まれている場合もある。瞬発力で対応できない難しさがあります。

 

また、女性だからそのような対応を受けたのか、ほかに反省すべき点があってそのように取り扱われたのか判断することも、とても難しいと感じます。特に若いと「経験不足」という理由も加わりますから、「新人・若手弁護士」時代に軽んじられた原因が、「若いから」なのか「女性だから」なのか、自分の態度にあったのか、よく分からない場合もありました。その場合、結局は自分の勉強不足や態度が原因であろうと反省し、私の場合はそれで間違っていなかったと思いますが、明らかに性別だけが理由と思われる不当な対応をされているのに、自分の中に反省点を求めておられる場合は、これも一種の「容認」になっていると認識し、考えを改める必要があるかもしれません。

 

森氏の発言はかなり単純なものだと思いますが、実際に社会の中で出会う/感じる差別的な発言は、もっと曖昧で善意の皮?に包まれており、聞いた瞬間に「今の発言は失礼です!」とか「容認しない!」と声をあげられるほどシンプルなものは意外と少ないのではないでしょうか。

 

3.私が大切にしている先輩の言葉

私は自分から、「女性/男性」を意識して発言することは通常ありませんし(マイナスのニュアンスはもちろん、プラスのニュアンスも)、何かイヤな目にあった時に、その理由を「自分が女性だから」に求めることもまずありません。

ただ、全く性別を意識していないかというとそういうわけではなく、ロールモデルを追い求め、女性の教授から話を聞いたり、就職活動中はパートナー(経営者)弁護士から話を聞ける機会を常に希望してセッティングして頂いたりしていました。

 

今でもその時お聞きしたお話をかなり詳細に覚えているのですが、中でも…

 

「女性は男性よりライフイベントが多くなる可能性が高い。二者択一の判断をしがちだけれど、仕事を完全にゼロにしてしまうのではなく、薄~く、途切れ途切れでもいいから続けた方がよいと思う。個人的な見解だけど。」

 

という教授の助言は、15年近く大切にしています。

 

また、シェリル・サンドバーグ氏の『LEAN IN』の中にあった「キャリアは梯子ではなくジャングルジムだ」という言葉に共感し、今も勝手にこのキャリア観を布教しています。

 

どんなに「男女平等」を旨としても、確かに女性のライフイベントは多くなりがちです。キャリアを梯子のようにとらえ、連続していなければならないと考えていると、大きなライフイベントを前にどうしてよいやら分からなくなり、考えるのをやめ、そして極端な答えを選びがちになります。でもキャリアなんて途切れ途切れでよい。ジャングルジムだから横に動いてもいいし、休んでもよい。なんなら下がって別ルートからのぼればよい。

 

これは別に女性に限ったことではないと思います。誰もがライフイベントに向き合わなければならないタイミングがあり、今後は性別に関係なくもっと自由に選択できる社会になっていくのだろうと思うのです。その時「選択を迫られる」ととらえるのか、「選択肢が増えた」と考えるのでは大きく時間の過ごし方が変わってきますし、「休憩中」に新しい、もっと楽しくのぼれそうなルートを見つけられる場合もあるのではないでしょうか。私もまだまだ模索中ですが、ジャングルジムを楽しみたいと思います。

 

 森氏発言に関係があるのかないのか…なんだかまた、とてもとても長くなってしまいました。今日はこの辺りで失礼します。

明日からも元気でご機嫌に!また来週お会いしましょう。